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院長から皆様へ

院長から皆様へ

私はプロの競輪選手でした。縁あってこのHPにアクセスして下さった皆様に私の自己紹介をさせていただきます。


 私の生まれは伊豆沼のほど近く、宮城県登米郡(現:登米市)迫町新田の農家です。自転車は高校(古川工業高校電子科)から始めました。朝、牛の世話をしてから学校までの片道約25qを自転車通学、部活で40〜60qの練習、そして家へ自転車で帰り夕食を済ませるとすぐに就寝、そんな”自転車バカ”な毎日を送っていました。

 卒業後も自転車を続けたくて競輪選手を志しました。競輪学校にギリギリ合格し、厳しい訓練に耐えて一年後にプロデビューを果たしましたが、しばらくしてから腰椎ヘルニアに。あまりの痛みに練習ができず一時は引退も考えた程でした。今思えばデビュー直後の20歳の時に虫垂炎(盲腸)の手術をして、術後の無理な練習が祟ったのです。病院を転々としましたが結局治らず、当時住んでいたアパート近くの治療院に藁をもすがる思いで通院しました。これが師匠である齊藤先生との出会いです。その後現役に復帰することができ、32歳で引退するまでA級で4回の優勝を果たすことができました。

 現役中は調整のために定期的に通院していたのですが、31歳の時に先生から「自分の経験を生かして治療家になったらいいのでは」と話をいただきました。 まだまだ現役の競輪選手でしたが、治療をすることにに興味を持ち始めていましたので、一念発起し、赤門鍼灸柔整専門学校・柔整科の受験を決意、2度目の春にやっと合格できました。
  当時2人の娘はまだ幼く、小学校入学の長女に「同じ一年生だね。」と言われました。これを機に自転車一筋の生活を引退し、学校に通いながら5年間修業を続け、開業、現在に至ります。
 
  妻には随分と苦労をかけました。競輪選手時代の私は月に10日は遠征で家を空けていましたし、引退して治療家を目指してからは柔道整復師になる為の勉強と治療の修行に専念出来るようにしてくれました。現在も厳しい家計のやりくりと家を守ってもらい、とても感謝しています。

 最近では痛みが取れた後の体質改善のために”バランスダイエット”、”ぽかぽか療法”を取り入れ2007年5月からは指名ができる新コース導入と、皆様の健康を守るため新しいことにチャレンジしております。 これからも地域一番の技術を持って皆様の治療にあたります。どうぞ末永くご愛顧宜しくお願いします。


2006・6/16高校の頃から通ってくれている畑山君と

2006年6月  石川 晴輝


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